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2018.07.13SPECIAL, BRANDING

Quality Experience Vol.01

 時代に合わせ、業態を変化させてきた東の老舗・屋形船 晴海屋の強みとは

明治時代後期より代々漁業に携わり、漁師としてはえ縄漁業で生計を立てました。その後、船宿、釣船屋、そして屋形船と、業態を変えながら100年以上商売を続けている。今回インタビューをお願いしたお相手は、晴海屋で「女将業」を30年続けられてこられた安田さん。「お客さんのためにいいのでは?」と思ったものは、新しいことでもどんどん受け入れる姿勢から、自分が、ではなく、“お客様の喜ぶ顔がみたい”という強い想いを感じることができた。

 
―ご商売として100年以上のご実績をお持ちの中、実は3回ほど業態が変わるポイントがあったそうですね。元々漁業と釣船を営んでいたとお聞きしましたが、屋形船という新業態へ舵を切るきっかけは何だったのでしょうか。

 今の屋形船にしようとしたのは、ちょうど私がここに嫁いだ昭和63年頃ですね。

 漁業の後、昭和29年頃に釣船に変わったのですが、もう釣り船じゃ食べて行けなくなっていました。…当時は本当に酷くて(笑)お客さんが1人しか来てないのに船を出すんですよ。社長は朝5時に起きて、ずっと待って、正直に言って商売にならなかったですね。

ただ、ずっとやってきた釣船を「辞めよう」とは、なかなか言えなかったですね。可哀想で……だからある程度、社長が自分から「もう無理だ」と音を上げるまで、ちょっと待っていましたね。

 

 

 

―その後、屋形船業が始まるわけですが、釣船業から別業態への移行にあたり、当時は何かノウハウ等お持ちだったんですか?

 全然(笑)
 釣船の業績が下がり始めた時、周りが屋形船始めてたんで、弟にけしかけられ、社長が最初に船を1艘だけ買ったんです。でも他は何もないんですよ、ノウハウが。それで社長1人でやるにはとても自信がなく、相手を探していたようなんです。そこに私がまんまとひっかかったってわけです(笑)そして、「どこにもない船を作るぞ」なんて言っていましたけど、結局出来てみたらどこにでもある船で……せいぜい40人くらいしか乗らない船だったかな。

ノウハウもない、お客さんもない、宣伝の仕方もわからないから、ただ、お客さんが来るのを待っていました。けれど、一向に来ない。この界隈では、先にやっていた屋形船業者が沢山あって、うちは後発組ということもあり、他の屋形船業者さんが見るに見かねてお客さんを回してくれたんです…とても有り難かったですよ。

 まあ、みんな同情していたんですよね。最寄り駅から徒歩20分もかかるこの場所でしょ?「晴海屋、潰れるよって。あんな場所で出来る訳がない」って。私も、こんな状態じゃウチ潰れちゃうんじゃないかなって思ってました。元々の釣船業も、どんどんお客様が減っていく一方でしたし。
 でも、女将になる前、十数年勤めていた会社がありまして、そこではノルマがある仕事をしていたんですが、営業で一番場所が悪いって言われていた区域担当の方が、1位の成績をとったり、逆に人が多い駅周辺に回された方が全然数字とれなかったりというのを見てきました。場所じゃないんですよね。だから、原因は「場所」じゃなく「やり方次第」だなとずっと感じていました。

―同情されてお客さんを回してもらう……それほど厳しい状況だったんですね。そんな状況から抜け出すきっかけは何だったんでしょう?

 「どうやろうかな」と考えている時、釣船に来ているお客さんの中に、お役所の人がいたんです。社長はお客さんが来てもしゃべるタイプではなくて……私が話しかけに行っていろいろ話しているうちに、その人が防衛庁勤めというのが分かって。「何人くらい社員さんがいらっしゃるんですか?」って伺いましたら、なんと“市ヶ谷に3万人”って言ったの!
「あー、これは占めた!」って思って、「屋形船、福利厚生で使って頂けませんかね?通常価格から1割引きますから」ってお話して。
 そうしたら、「じゃあおいでよ」ってことで、防衛庁の福利厚生を担当している課に提案に伺ったら、即OKを頂いて、そこから始まりましたね。防衛庁の人が、どんどん来るようになってきたんですよ。
 その次は、農協観光の方。こちらも釣船に来ていたお客さんで、ちょうど企画して卸す仕入れの人だったんですね。屋形船の話をしたら「一回ウチにおいでよ」って。それで訪ねていったら、すぐに契約して貰えました。農協観光さんが旅行社の契約第1号です。
 旅行社さんの有難いところは、ちゃんと観光バスでここまで来てくれる事。それも50人だ、100人だ、って連れて来てくれるじゃないですか。個人だと駅から徒歩20分も歩きたくないでしょう?(笑)旅行社ならバスが出る。手数料が取られてもいいから、私は、「もう旅行社で行こう」って思ってましたね。

―女将さんの営業が功を奏し、それからは業績回復の一途を辿ったわけですね!

 でも、ノウハウはなくて、最初の2年くらいは大変でしたね。3年目くらいからかな、電話がガンガン鳴り始めて……そこから本格的にという感じですね。それで船を2艘一度に作り、またその後に2艘作って……最初の1艘はもう売っちゃったんですが、そんな感じでどんどん増やしていきました。
 そこから周りに先駆けて色々やりましたね。掘りごたつにしたり、展望デッキ仕様にしたり、屋形船業界でウチが一番初めにやり始めた事は意外とあるんです。

―屋形船を運営していく中で、ここにはこだわったという部分はありますか?

 料理も何もないからイチからはじめたんですが、冷凍はイヤで。「生(なま)」にこだわりたいと思ったんです。だから、枝豆でも生のものを買って来て、自分で切ってやってましたね。社長もそうで、あなごもキスもいまだに自分でさばいています。1日500人600人来てもやってるんですよ。81歳になりますけど、4時起きして。だから、うちの天ぷら美味しいでしょう?
 後は食中毒が怖かったので、すぐに板前さんを入れて、プロに任せるようにしました。今の調理場も、元々アパートだったんですけど、それが売りに出たから即買いして。1階を大きく改装して本格的な料理をはじめたんです。

 

 

 
―現在業界TOPを走られてお客様から支持されている理由があると思うのですが、何故だと思われますか?

 そうですね…屋形船を始めた当初から、「先々、外国のお客様がいらっしゃる」というのを見越して起用した、英語を話せる真野という船頭は1つ理由かもしれませんね。将来、絶対役に立つと思ったんですよね。彼女25年勤めてくれていて。外国人のお客様がいらっしゃる時には、バイリンガル船頭で彼女を出すんです。そうすると、だんだんテレビなど取材が来るようになってきて、けっこう名前が売れ始めていきました。それで私もどんどん他の旅行社に営業に行かせてもらい、お陰様で沢山の旅行社様と契約させて頂いております。
 最近では、中国人の女の子も採用して、その子が中国語・韓国語・英語が出来ますので、外国人向けの対応はより強化していますね。

―日本のお客様だけでなく、海外のお客様に対しても敏感だったのが大きなポイントだったんですね。ほかにも晴海屋さんならではのポイントはあるんでしょうか?

 あとは、ガイドですね。以前は屋形船に乗って頂き、あとはそれぞれ好きなように楽しんで頂いてました。だから、しまいには中だるみで飽きてくる人も居るんですよね。それで以前に、ディズニーランドに行ったんです。そこで、アトラクションスタッフの男の子が実に面白おかしくガイドしてたんですよ。「あ、こういう子がうちの船に乗ったらいいな。うちにも絶対にガイドが必要だなあ」と思って。その後、すぐにスタッフに「ちょっとガイド誰かやらない?」って聞いてみたら何人か手を挙げくれて。真野もその一人です。そうしたらお客さんもリピートが増えてきたんです。今じゃもう、みんなガイドが出来るようになってきましたね。
 あとは、乗合船のサプライズショータイムで獅子舞出してるのは、他にどこもないでしょうね(笑)他にも、歌手、マジシャン、振袖さん、芸者さんをお呼びしたり。余興がいろいろあるのもリピートに繋がっていますね。「次はこの余興が見たいからまた来よう」という感じで。お友達も連れてきたりして。お客様が乗船中に飽きないように、楽しんで頂けるように、工夫を凝らしています。

 

 

 
―晴海屋さんの屋形船に乗船される方、気に入ってリピートされる方ってどんな方たちが多いんですか?

 昔から、年配の方も若い方も満遍なくいらっしゃいますね。花火大会の時期はカップルが多かったり、乗合船は家族連れの方が多かったりでしょうか。

 最近は、136人まで乗れる大きな船が出来たので、企業のイベントやいろんな団体さんが使ってくれるようになり、お客さんの数が増えましたね。それに対して私の体力が追い付かなくて。忙しくなって、ついていくのが大変です(笑)

―そんなご謙遜を。Webサイトの更新や余興の企画など精力的に行っていらっしゃるじゃないですか(笑)
さて、女将さんが「次は、こういうことがしたいな」と思うことって何かありますか?

 やはり、船ですかね。そろそろ古くなってきてるんで、また船を色々作り変えたいなと。

あとは、料理!今は、ベジタリアンの方だったり、アレルギー持ちの方だったり、いろいろ増えてきたので、そういった方には対応しています。あとハラルフードにも。でも、屋形船といえば、「天ぷらとお刺身」が定番でしょ?お客さんのために、何か変えられないかなと。私だって、毎回天ぷらとお刺身じゃ飽きちゃいますもん。全部変えるのではなくて、例えば天ぷらが7品あったら3品にして他のものを増やしとか……和洋折衷で、ちょっと創作料理みたいにして。中華もあっていいかも。そんな風にしたら、いろんなお客様に楽しんで貰えるでしょ? 食べられないものがある人も、そうでない人も毎回満足出来る料理にしたいなと。

 実は、それに向けて新しい調理場も抑えているんですが、働いてくれる人がなかなか見つからなくて。今の課題はそこですね。

―売り手市場なので、ヒト問題はどこも同じですね。折角なので、Webサイトのリニューアルに合わせて採用コンテンツを強化して作る等、解決出来るといいですね。……いろいろ変えようとしている一方で、「これは残していかないといけない」と思うものもありますか?

 そうですね……接客に関しては、けっこう厳しく言っています。うちは金髪・ピアス・ネイル・まとめてない長髪はダメ。男の子はジャラジャラしたネックレスとかひげもダメですね。
 細かいことですが、爪がグリーンだの黒だの、色があるの嫌なんですね。ネイルはもちろん。
 江戸……それこそ平安時代から屋形船のスタイルってある訳ですから、そこは絶対守っていきたいです。船頭さんは船頭服着て、そこに金髪だったら嫌じゃないですか。だから、少し厳しいくらいがちょうどいいのかなって。
 逆にいうと、今残ってくれている人たちは、みんなちゃんとできています。ちゃんとしながらも、うちで働きたいと思ってくれているので、今いるスタッフのチームワークは抜群だと思います。

 

―営業をはじめ、スタッフの教育や経理、給与計算など、さまざまな仕事をされている女将さんですが、安田さんにとって「女将さん」とは何ですか?

 なんでしょう……「苦労請負人」かな?(笑)いつも忍耐・我慢だから(笑)
でも、お客さんが喜んでいる顔を見たら、全部すっ飛んじゃいますよね。「やっぱり我慢した甲斐があったな」って。

 新しい船が欲しい、料理を新しくしたい、人を採用したいっていろいろやりたいことはありますけど、やっぱり「お客さんに喜んで頂いて帰って頂くこと」に尽きますね。あと、危険なことは一切なく、安全第一。
 晴海屋で楽しいひと時を過ごして、笑顔で帰って頂く。そして、また大切な誰かとご一緒に来てくれる。そんなリピートが続いてくれると嬉しいですね。

 

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